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アスベスト被害者の救済を一日も早く!~請願への賛成討論から

建築従事者のアスベスト被害の早期救済・解決と被害者救済基金の設立を検討することを国に働きかける意見書提出を求める請願書
 
         に対する賛成討論      9月25日 議会最終日

 石綿(アスベスト)は、かつては「奇跡の鉱物」などと言われ、安価で、耐火性、断熱性、防音性、などの機能を有していたことから、長期間にわたって大量に使用されてきました。
 
 1970年から90年にかけて年間約30万トンという大量のアスベストが輸入され、 そのうち8割以上は建材に使用されたと言われています。
 石綿を使った建材製品は1955年頃から使われ始め、ビルの高層化や鉄骨構造化に伴い、1960年代の高度経済成長期に多く使用されました。

 しかし、髪の毛のおよそ5千分の1という極めて細い繊維からなる石綿は、飛散すると空気中に浮遊しやすく、吸入されてヒトの肺胞に沈着しやすい。
 そのため、肺の組織内に長く滞留し、長い潜伏期間を経て肺がん、悪性中皮腫などの恐ろしい病気を引き起こすことが問題となりました。

 日本では2005年、株式会社クボタが、兵庫県尼崎市の旧神崎工場周辺住民が、中皮腫に罹患していることを公表し、大きな社会問題となりました。
 ちょうどこの頃、私は前原のある建築業者の妻という女性から電話を受けたのを覚えています。
 末端の作業員として、家族のために建築現場で屋根裏や床下を這いまわり、一生懸命働いてきたお父さんが、長年アスベストの粉塵を吸い込んできたと思うと、悔しくてならない。国はなぜもっと早く危険性を知らせてくれなかったのか?日本の高度成長を支えてきた底辺の労働者には、人権はないのか?と怒っていました。
 妻もまた、何も知らずに夫のアスベストにまみれた作業服を、家の洗濯機で洗い続けてきたのです。

 働く人の生命よりも、利潤の追及、経済効率を求めた結果が、水俣病をはじめとする多くの公害病につながった。このアスベストの被害もまた同じではないでしょうか。
 「石綿による健康被害の救済に関する法律」が制定されたのは、2006年で、アスベストの製造等が禁止され、救済制度が設立されました。
 指定疾患は、予後が悪く、特に発症したら重篤化して亡くなるケースが多いといいます。請願に添付された資料によると、労災認定者数は建設業で約7千人、今後少なくとも2万人にも及ぶ被害が予測されるそうです。

 今回、驚いたのは、補償内容の貧弱さです。たとえば、被害者が生存している場合、1、自己負担分の医療費の支給。2、療養手当が月額103,870円。これは、入通院に伴う交通費や生活用品、介護に要する費用等とされていますが、とても十分な療養手当ではありません。3、葬祭料は、19万9千円となっています。

 慰謝料が補償対象となっていないことに、驚きを禁じえません。慰謝料を償ってもらうためには、重い病を抱えながら加害者を相手に裁判を提起しなければならない。これはあまりにむごいことです。急速に症状が悪化して亡くなるアスベスト健康被害の場合は、行政が迅速に救済を行うことが大切です。

 海外では、アイスランドが1983年に全石綿の原則使用禁止したのを始め、ヨーロッパでは多くの国々が使用を禁止したにもかかわらず、日本では20年以上も遅れた2006年まで使い続けました。
 今後は石綿が大量に輸入使用された1970年から90年頃に建てられた建築物の老朽化に伴い、 建築物の解体が増加します。アスベスト被害は身近にあり、けっして終わっていません。
 請願にある「建設アスベスト被害者と遺族が生活できる救済の実施とアスベスト被害の拡大を根絶する対策をとり、アスベスト問題の解決」が急務との訴えは、糸島市民の願いであると考え、賛成します。
  (全員賛成で可決した)

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2019年09月22日